稲盛和夫のwiki風経歴!名言や京セラ、jal、現在について

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個人的に、日本の経営史に残る代表的な名経営者といえば、

松下幸之助さんや本田宗一郎さん、盛田昭夫さん、そして今回紹介する、

稲盛和夫さんだと思っています。

そして、今なおご健在なのは稲盛和夫さんだけ。

という事で、個人的に最も尊敬する生きる伝説的な経営者、稲盛和夫さんのご紹介です。
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稲盛和夫さんのwiki風プロフィールや経歴をご紹介!一度死にかけたって本当?

出典:http://dime.jp/genre/119439/

1932年に鹿児島県で生まれた稲盛和夫さんは、幼少期に多くの挫折を経験しています。

例えば名門中学校の進学を希望して失敗、更に当時は不治の病と言われた結核を発症します。

この時に読んだ宗教に関する本がきっかけで、気持ちの在り方の大切さを学んでいます。

経営者として成功してから、「生き方」といった人生哲学に関する本を出版していますが、

そのルーツはこんな子供の時代にまで遡れるんですね。

そうして結核を乗り越えた後に再度名門中学校に受験をしますが、二度目も失敗、

三度目の受験で入学した稲盛和夫さんでしたが、中学時代は空襲が激しくなった為に

なかなか勉強に集中する時間をとることができませんでした。

それでも戦争が終結すると体調もほぼ完治、ようやく勉強に専念するようになります。

高校に入学した後は一時期遊び続けた時期もありましたが、一念発起してバイトに専念。

そこで、稼ぐことの楽しさやどうすれば物が売れるのかという事を学んでいます。

高校を卒業後は、自身が結核を発症していたこともあって医学部を希望しますが、

ここでも受験に失敗、鹿児島大学に進学しますが、その後の就職も上手くいきませんでした。

なんとか入社した松風工業は、倒産寸前という会社でした。

このように、ほとんどのの受験に失敗し続けいるのが稲盛和夫さんの学生生活です。

その過程で心を強くもつ術を知り、そしてどのような苦境でも立ちあがる強さを

身に着けることができたと言えそうです。

失敗や挫折を経験しても、それをどのように捉えるかが大切だという事を教えてくれます。

その後1959年、仲間8人と起業し京都セラミックを創業します。

この京都セラミックこそが、後の京セラに変わっていくことになるのです。

1966年に社長に就任した稲盛和夫さんは、その後IBMから2500万台分の集積回路基板を、

高い品質を維持したまま見事に納品しきります。

これが話題となって国内からの大型受注もその数を増やし、1969年に大阪証券取引所に上場。

こうして、日本の大企業へと仲間入りするようになったのです。
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稲盛和夫の高い技術力と京セラの成功

出典:http://www.imamiya.net/imp_kyousera

稲盛和夫さんといえば京セラで有名ですが、この会社はもともと、

稲盛和夫さんの高い技術力から始まった会社です。

松風工業に勤めていた稲盛和夫さんは、そこで上司と衝突して会社を辞める事になりました。

その時の同僚に、「あなたの技術は本物だから、技術で勝負できる会社を作ろう」と

声をかけられたところから、京セラの歴史は始まります。

その後、その高い技術力で以て世界的な企業であったIBMからの受注を成功させたのです。

また、京セラといえばKDDIを連想される方も多いかもしれません。

KDDIは、元々複数の企業が集まってできた会社であり、その中でも稲盛和夫さんの理念が、

継承されている会社となっています。
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稲盛和夫とjalの再生、アメーバ経営

出典:http://trendswatch.blog.so-net.ne.jp/2014-09-29-4

稲盛和夫さんといえば、JALを奇跡のV字回復へと導いた功労者としても功績を残しています。

2010年にJALは破産手続きを行い、そして稲盛和夫さんがCEOとして着任しました。

当時多くの赤字路線を抱えていたJALは、稲盛和夫さん主導である経営方針が導入されます。

それが、アメーバ経営です。

アメーバ経営とは、各事業部ごとに収支を管理する方式で、京セラやKDDIをはじめとして、

多くの企業に導入されている経営手法の事です。

JALは当時いわゆる官僚体質で、経営者として教えなければいけない事が多々ありました。

来る日も来る日も幹部役員を叱り続ける日々でした。

大企業としてのマインドを教えていかなければいけない。

そうした思いが稲盛和夫さんを突き動かし、そして70歳を超えてなお、精力的に働きました。

組織体制の改善と、マインドを改善したことで組織は大きく変わり、

ついに、JALは2015年に2000億円の黒字を達成しています。

一時は破綻するほどの財政危機に陥りながら、遂に回復を果たしたJAL。

その奇跡を成し遂げた稲盛和夫さんは、ますます世界に名を轟かせることになりました。
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稲盛和夫の現在の活動

出典:http://www.kyocera.co.jp/inamori/

無事にJALを再建した稲盛和夫さんは、現在次世代の経営者を育てることに注力しています。

10,000人以上の経営者が集まる盛和塾では、約1時間半の勉強会の中で、

経営に関する考え方や実際の経営に対する問答が行われています。

また機関紙も年に5回発刊され、多くの経営者たちが学び続けています。

稲盛和夫の名言はどれも深い、その中でも有名なこの一言をご紹介!

出典:http://goethe.nikkei.co.jp/serialization/takigawa/110630/01.html

稲盛和夫さんには、経営から人間哲学に至るまで、多くの名言があります。

その一つ一つが非常に為になる言葉たちなのですが、ここではその中でも有名なものを

ご紹介します。

動機善なりや、私心なかりしか

出典:http://www.kyocera.co.jp/inamori/profile/episode/episode07.html

この言葉は、KDDIを創業した時に常に自分に語り掛けた言葉として有名な一言です。

自分の行動は正しい道を歩んだ行動か、その行動は自分勝手な想いから生まれてはいないか

という事を常に語り掛ける事で、経営を正しい方向へと導いていたという事です。

仕事を行っていると、どうしても自己保身に走ってしまったり、もしくは自分の利益の為に、

行動してしまいがちです。

ですが、そうした思いでとった行動というのは、あまりいい結果を生み出さないんですね。

中国の歴史書で太公望という人が書いたとされる六韜という本があるのですが、

そこには、人の道理に則った行動をすれば必ず繁栄し、道理に外れたことをすれば滅びる、

といったことが書かれています。

まさにその通りで、人の道から外れたことをすれば必ずよい結果は起きない、

起きても長続きしないというのが、この世界の道理であるように思います。

まっとうな人生を歩んでいきたいものです。
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まとめ

出典:http://taichee00.hatenablog.com

日本の経営史にその名を燦然と輝かせる稲盛和夫さん。

その生涯を紹介しようとすると、とてもではありませんがここでは収まらない量になります。

それだけ多くの経験と功績を残してきた方ですから、学ぶ所が非常に多くあります。

そうした方と同じ時代に生きることができたことに感謝しつつ、

どうすれば追いつくことができるのかを考える時間をとる事があってもいいかもしれません。

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